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MQAで聴くクラシックの名盤

第3回


マリア・カラスを46曲たっぷりと味わう

 文:野村和寿


 みなさんは、マリア・カラスというソプラノ歌手をご存じだろうか? もちろん知っている。という方は、以前からの相当なクラシック通でいらっしゃると思う。また名前は知っているけれど・・・という方、この際、一度聴いてみたいと思う方に向けて少々マリア・カラスについて、語っていくことにする。

 

2017年がマリア・カラス没後40年ということで、MQAのハイレゾで、ワーナー・クラシックスから42タイトルものアルバムがリリースされた。

本アルバム『ザ・ニュー・サウンド・オブ・マリア・カラス』(旧EMI音源 現ワーナー・クラシックスのリリース)には、この中から、マリア・カラスのいろいろな側面をうかがい知ることができる46曲もの歌唱が収録されている。アナログのヴィンデージ盤であれば、1枚が数万円という価格で取引されていると聞くというのに、なんと大盤振る舞いなことだろうか!

 

まず、マリア・カラスの生い立ちから少々。本名マリア・アンナ・ソフィア・チェチーリア・カロゲロ・プーロスは、1923年12月2日にアメリカ・ニューヨークのギリシャ系移民の子として生まれたが、1936年、13歳のときに、両親の生まれ故郷、ギリシャに渡り、1938年わずか15歳のときにアテネの王立歌劇場で、マスカーニ作曲の歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』の主役サントゥッツァを歌ってオペラ・デビューした。1947年になると、今度はイタリアのヴェローナの音楽祭でポンキエリ作曲の歌劇『ラ・ジョコンダ』の主役を歌い、1950年にはイタリアのミラノ・スカラ座でヴェルディが作曲した歌劇『アイーダ』のタイトル役を、1956年にはニューヨークのメトロポリタン歌劇場で、ベッリーニ作曲の歌劇『ノルマ』を歌ってデビューし、大成功を収めた。舞台映えのする彫りの深い顔立ちと美貌、そして、なんといっても表現力の豊かな強いソプラノで観客を魅了した。

 

マリア・カラス(1923ー1977年)、不世出のオペラ歌手、20世紀を代表するディーバ(神がかり的な歌の女神)と呼ばれ、プライヴェートでも、ギリシャの海運王オナシス(1905-1975年)との恋が世間を騒がせた。現代のハリウッド女優のように、プライベートでは男性ととのスキャンダルに浮き名を流しながらも、なにしろ、人並み外れた歌唱でオペラ・ファンの心をわしづかみしていたのだった。ディーヴァそのものであった。

 

マリア・カラスは、いったいなぜ、あまたのアルバムを残しているのだろうか?1つは、マリア・カラスの活躍した1950年代から60年代は、オペラの正に黄金時代だったこと。カラスのほかにも、レナータ・テバルディ、ジュリエッタ・シュミオナート(ソプラノ)、マリオ・デル=モナコ、フランコ・コレッリ(テノール)などきら星の如くスター歌手が君臨した。オペラの主な舞台は、ロンドンであり、イタリア・ミラノであり、パリだった。上演される演目について、観客はそのストーリーを知り尽くしていて、いったい、この場面で、きょうはどんな歌唱をみせるか?といった興味とともに、華やかなオペラ座の観客席に正装して望むのだった。さらに、もちろん当時でも、オペラ座に直接通うことができないオペラ・ファンがたくさんいたので、オペラのレコードがたくさん作られた。

 

なかでも、オペラの牙城であったロンドンには、旧EMIの名プロデューサーで、ドイツの名花エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)の夫でもあったウォルター・レッグが、わざわざ録音のためのオーケストラ、フィルハーモニア管弦楽団を組織させ、ロンドンのベッドタウンである、イングランド東部の町ワトフォードにあるタウンホールを根城に、ミラノ・オペラ座のイタリア人名指揮者といわれていた、トゥリオ・セラフィン(1878-1968年)を迎え、オペラの録音セッションを多数行った。これらのセッションは、旧EMI(現ワーナー・クラシックス)によってアナログ録音された。そのアルバム・タイトルのなかでも、セラフィンが抜擢したソプラノ歌手がマリア・カラスだった。録音されたアルバム・タイトルは、優に48タイトルを超える。

 

旧EMIの残したこれらのアナログ・マスター・テープは、旧EMIによって大切に保管されていたため、このマスター・テープをもとにして、2014年に、ロンドン・アビイ・ロード・スタジオで1年をかけて、最新技術ハイレゾによるデジタル化作業が行われた。

 

それでは、オペラに精通している大指揮者セラフィンは、なぜ、1950年代まだ新進気鋭だったマリア・カラスを起用したのだろうか? これは、筆者のあくまでも類推にすぎないが、マリア・カラスのレパートリーの広さに依るところが大きいと思われる。

 

オペラという台本に基づいたストーリーのヒロインは、オペラごとにキャラクターを歌声で演じることが求められる。オペラには、ヴェルディのオペラ『アイーダ』のタイトル・ロールである囚われの身となったエチオピアの皇女アイーダ役のような強靱な意志をもった張りのある緊迫感に満ちたソプラノが求められる。これに対して、プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の貧しいお針子ミミのように、清楚で可憐でけなげで、可愛らしく演じられる役もある。現代のオペラでは、『アイーダ』には、さしずめ強い声を得意とするロシア出身のアンナ・ネトレプコが演じるのが最高だろう。『ラ・ボエーム』であれば、ルーマニア出身のアンジェラ・ゲオルギューがいいだろう。また、メゾ・ソプラノの強靱な声と可憐さ、しかも超絶技巧が要求されるロッシーニの歌劇『セヴィリアの理髪師』の主役ロジーナ役であれば、アメリカ出身のジョイス・ディドナートというメゾ・ソプラノが最高だと思う。

 

つまり、オペラの演目によって求められる声質がそれぞれあり、歌手のもともともっている声質、特徴を十分に生かすことが求められるわけであるが、マリア・カラスの場合は、まさに特別だった。あるときは、悲劇のヒロイン『アイーダ』のアイーダ役を、あるときは、清楚で可憐なプッチーニの『ラ・ボエーム』のミミ役を、またあるときは、ロッシーニの『セヴィリアの理髪師』の太くて強くしかも超絶技巧のロジーナ役を演じられるのがマリア・カラスだったのである。マリア・カラスは、オペラの配役になりきって、自分の歌を、必ずといって良いほど、期待を裏切らない歌唱をみせたのである。

 

声量の豊富さや、劇的な効果は、マリア・カラスのレパートリーをさらに広げ、1950年代まであまり知られていなかった、ベッリーニの『夢遊病の娘』、ドニゼッティの『ランメルモールのルチア』といった19世紀につくられたオペラの演目を人気のあるオペラ演目へと変えてしまった。今では、ベッリーニ、ドニゼッティの二人にロッシーニを加え、「19世紀3大イタリア・オペラ作曲家」として定着している。

 

なかでもプッチーニの歌劇『トスカ』のヒロイン、歌手トスカ役は語りぐさになっている。恋人である青年画家カヴァラドッシが、捕らわれの身となり、悪役である警視総監スカルピアがトスカに言い寄ってくる。「自分の女になれ」としつこく迫られるが、カヴァラドッシを思うトスカは、激しくスカルピアと立ち向かう。ローマのサンタンジェロ城を舞台に、激しく盛り上がる恋の炎。

 

この第2幕で特に有名なアリアが「歌に生き、愛に生き」だ。歌姫トスカが絶望と悲しみの中で歌うアリアで「自分はこれまで歌に生き、深い信仰と芸術に生きてきたのに、なぜ、神様はつらい運命をお与えになるの?」と歌う。このアリアを歌うとき、マリア・カラスは自分の歌手としての運命や人生と重なるかのように深く感動的な歌いぶりをみせている。

 

マリア・カラスの声質はドラマティコ・アジリタ、強大 最重量級 超絶技巧・超高音域も軽々と出すことが出来るというまさに正にディーヴァそのものであった。カラスのすごいところは、どんなオペラでも、その筋のヒロインになりきって、オペラにふさわしくアリアが歌えることだった。

 

この「歌に生き、愛に生き」のアリアに挑戦した日本人の名花がいた。昭和の不世出のジャズ歌手といわれた美空ひばり(1937-1989年)は1986年テレビ番組「美空ひばりとその世界 題名のない音楽会」(ANB 現テレビ朝日)のなかで、このアリアを歌ったことがある。同じように歌手という運命的な自分と境遇とが重なり合って、実に深い歌声だったのを思い出す。

 

本アルバムに収録されている全46トラックを順に紹介しよう。試聴する際の道しるべになれば幸いである。(続きを読む)

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